Brand Story

-choco ricoができるまで-

ブランド誕生ストーリー
Brand Story|choco ricoができるまで
そもそも私にとってカンボジアという国は、中学生のときに一ノ瀬泰三の「地雷を踏んだらサヨウナラ」を読んで「アンコールワットをこの目で見てみたい!」と強く思ってから、一度は必ず訪れてみたい憧れの国のひとつでした。

そんな私が初めてカンボジアを訪れたのは2014年6月。
株式会社フォーバルの大久保秀夫会長が主宰する「公益資本主義推進協議会(PICC)」の途上国支援活動(主に教育支援)の一環としてカンボジアの学校や孤児院、障害者施設などの視察と、2歳~15歳までのカンボジアの子どもたちに日本式の教育を施す一貫校を設立することを目的に訪れました。
初めて訪れたカンボジアで私は、ちょっとシャイで人懐っこく、笑顔が素敵でとっても優しいカンボジア人の人柄はもちろん、文化や食べ物、歴史的な建造物や自然、人々の「生きる」ことに対する奥底から湧き出てくるようなパワーなど、そのすべてに魅了され、カンボジアのことが大好きになりました。
同時に過去の負の歴史(内戦やポルポトによる独裁と虐殺)にも数多く触れ、大きな衝撃を受けました。

その後毎年、年に何度かカンボジアを訪問する内に、この国が抱える大きな課題に気付きました。
それは誤解を恐れずに言うならば「地雷被害者や絶対的貧困層が抱える負のスパイラル」です。

カンボジア国内には未だ600万個もの地雷や不発弾が埋まっていると言われ、内戦終結から40年以上経った今でも、年間100人近くの人が地雷の被害にあい、足や腕や命を失っています(2019年に内戦終結後初めて地雷被害者の数が100名を割りました)。
※すべての地雷や不発弾を撤去するには、今のペースだとまだ100年以上かかると言われています。

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そもそも農業と観光業以外に目ぼしい産業がないカンボジアにおいて、地雷の被害にあった人や貧困層がありつける仕事はほとんどありません。
しかし、東南アジアに位置するカンボジアは年中暖かいので凍死する恐れがなく、米や芋類や果物など食料が豊富で餓死する心配もほぼないので、ただ「食べて生きていく」だけであれば、仕事をしなくても(現金収入がなくても)あまり心配はありません。
なので、地雷被害者や貧困層が多く暮らす地域では、大人は昼間からハンモックで昼寝をし、お腹が空いたらその辺りで手に入るものを食べて飢えを凌ぐという暮らしをしている人が少なくありません。
そんな彼らにはもちろん現金収入がありません。そのため子どもたちを学校に通わすことができず、子どもたちは昼間からただ遊んでいるばかりです。
仕事がないから現金収入がない→現金収入がないから子供たちは学校に通えない→学校に通えないからまともな仕事にありつけない→ただ食べて生きていくだけの人生…
今のままでは、この負のスパイラルが永遠に続いていくのです。

彼らも本当は働きたいのです。
社会的・経済的に自立し、物心ともに豊かな生活を送りたい。
愛する我が子を学校に通わせてあげたい。
そう、本気で思ってはいるのです。
しかし実際に現地の彼らのリアルな生活やカンボジアの環境を知れば知るほど、彼らの努力だけではどうすることもできない現実があることを痛感させられました。

私は、その環境を変え、負のスパイラルを断ち切るために一番大切なものは「教育」だと考えています。
地雷被害者や貧困層の家庭の子どもたちにちゃんと学校に通ってほしい。ちゃんとした教育を受け、学びや知識を得て自らの人生を自らの力で切り拓き、前向きに生きてほしい。
自分が社会に必要とされる存在であるという自尊心を養い、自由に自分の夢を語り、実現に向けて本気で努力できる自立した人間になってほしい。
そのためには、寄付や支援に頼らなくても地雷被害者や絶対的貧困層が“社会的・経済的に自立できる”環境を整えることが、まずは必要だと考えました。

自分自身がカンボジアで会社を立ち上げ事業を興し、その会社で現地の地雷被害者や貧困層を直接雇用することで社会的・経済的に自立してもらうことができればその家庭の子どもたちを学校に通わせることができるのではないかー。
そう思い至り、カンボジアでの具体的なビジネスモデルについて検討を始めたのが2018年のことです。

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それまでの数年間、自分なりにカンボジアのリアルな現状を見て回り、カンボジアでの新たなビジネスモデルのベースは「農業」が一番適していると判断しました。
カンボジアはそもそも農業大国であり、肥沃な大地と勤勉な国民性にも農業が一番合っていると考えましたし、世界的な潮流を見ても農業がベストだと考えました。
農業をベースに新規ビジネスモデルを検討するうえで、生産物の栽培条件がカンボジアの気候や土壌に適していることと、栽培や加工が比較的容易であることに加え、自分の中での絶対条件が3つありました。
それは
➀農産物として付加価値の高いものを生産すること
②6次産業化が可能な農産物を生産すること
そして
③既存の農家さんや事業主さんの“競合”になるのではなく“協業”する体制を構築できる農産物であること
でした。

その後、その条件に合う様々な農産物を検討し、視察や試行錯誤やトライ&エラーを色々と繰り返し、市場調査やマーケティングを行った結果、ベトナムやインドネシアなどカンボジアと気候条件が似通ったアジアの近隣国で既に多くの実績がある「カカオ豆」に、ようやく辿り着いたのです。

ちなみに私はそもそも甘いものが苦手で、チョコレートも普段口にすることはほとんどありませんでした。
純粋に農産物としてのカカオ豆に魅力と可能性を感じたのです。
しかし甘いものが苦手なのはいわゆる白砂糖の甘さが苦手だったということ、チョコレートを美味しいと感じたことがなかったのは本当のチョコレートを食べたことがなかったからだということを、後々知ることになりました。
もちろん今ではBean to Barチョコレートを毎日欠かさず食べていますし、Bean to Barチョコレートが心の底から大好きです。

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それからはカカオについての知識を習得するために、ひたすらカカオについて調べ勉強すると同時に、これまでいただいた数多くの方とのご縁を頼りに、苗を植えカカオを栽培するまっさらでピュアな土地とFirst Seedling(最初の苗)探しに奔走しました。
そして遂に、カンボジア国内でも特に地雷や不発弾が数多く残り、多くの地雷被害者や貧困層が暮らすタイ国境にあるバッタンバン州サムロート郡の農家の方々と出会い、彼らが自分たちで食べるための芋類や果物を自然の森林に近い環境のもと自然栽培で育てている、今まで一度も農薬や化学肥料を使用したことのないピュアでまっさらな大地で、私たちと協力して一緒にカカオを栽培してくれる約束(契約)を結ぶことができたのです。
ちなみにサムロートはカンボジア国内でも有数の果物の産地で、“ドリアンといえばサムロート”と言われるほど美味しい果物がたくさん栽培・収穫される地域なんです。

サムロートにはカンボジアには珍しく日本でいう「農協」のような組織があり、初めに組合長のチャイブンさんや副組合長のルイモーンさんなど7名の幹部の方とお話しをさせていただいたのですが、初めてお会いしたときはみなさん表情が硬く、排他的というかよそ者を寄せ付けない、ちょっと怖いぐらいの雰囲気が漂っていました。
聞けば以前にも何度か(主に中国人から)胡椒やマンゴーで同じようなオファーやコンタクトがあったものの、結局自分たちの儲けしか考えていない人たちばかりで、すごく嫌な思いをたくさんしてきたそうです。
今回も日本人とはいえどうせ自分の儲けのために我々を利用しようとしているのだろう…そう思っていたそうです。

私はchoco ricoの理念やVISIONと自分がカンボジアで達成したいミッションについて、その情熱と使命感をとにかく熱く彼らに伝え続けました。
同時にカカオ豆の可能性とカカオ豆を一緒に協業して栽培できたらどれだけ素晴らしい未来が待っているか、その点についても数字も示しながらしっかりと伝えました。
国や人種は違えど、本気で想う気持ちは相手にちゃんと伝わるものです。
最後には「今夜はウチに泊っていけ」と言われるぐらいみんなと仲良しになれました。
やはり情熱と使命感を持つこと、そして実際に現場に出向き、相手と同じ目線で本音で話すことの大切さを改めて実感した素晴らしい体験でした。

農地の選定や地元の農家の方々の協力を取り付けるうえで、本当に親身になって相談に乗ってくださり、私の掲げるミッション達成のために最大限の協力をしてくれたのが、認定NPO法人テラ・ルネッサンス カンボジア事務所の江角 泰さんをはじめとする現地のスタッフの方々です。
みなさんには現在もカカオ豆の栽培について多くのアドバイスをいただきつつ現場をサポートしていただいており、彼らなしでは現地でのカカオ栽培は成り立ちません。
(認定NPO法人テラ・ルネッサンスURL https://www.terra-r.jp)

また、 First Seedling(最初の苗)については、当初は既にカカオ栽培が盛んな隣国のベトナムから入手することを検討していましたが、様々な方のご尽力や多くの奇跡的なご縁のお陰で、カンボジア国内に唯一1ヶ所だけカカオ農園が存在することを知り、ベトナムと国境を接するモンドルキリ州にある「Kamkav Farm」というカカオ農園とつながりを持つことができました。

Kamkav Farmのオーナーは、カンボジア人のChantholとオランダ人のStefan。
私は早速CEOのStefanとコンタクトを取り、2019年6月、カンボジアの首都プノンペン市街地にあるスターバックスで初めてStefanと会うことになりました。

カンボジアでカカオを栽培している農園のオーナーに、初対面の日本人がいきなり「カンボジアでカカオを栽培したいからカカオの苗を譲ってくれないか?」という常軌を逸した、正常な人間がするとは思えないお願いをいきなりしたわけですから、いま思えばStefanも相当驚いたというか呆れたことでしょう…。
Stefanの反応は「なぜわざわざ将来のライバルを育てるようなことを私がしなければならない?君の申し出はナンセンスだ。あり得ない。」という至極まっとうなものでした。
しかし私には、誰にも負けない情熱と使命感があります。
カンボジアでカカオを栽培し、子どもたちが学校に通える環境を作りたい。
私のその想いは本物です。
私はStefanに自分が実現したい未来の話を、 choco ricoの理念とミッションを熱く語り続けました。
そして、そのためには First Seedling(最初の苗)が絶対に必要だからStefanの協力が必要不可欠であり、何としても力を貸してほしいと熱く訴え続けました。
同時に、そんな素敵な未来が訪れれば、きっとStefanやKamkav Farmにとっても多くのメリットがあることを、丁寧に伝え続けました。

Stefanとの初めてのミーティングは、なんと5時間にも及びました。(一体何杯のコーヒーをお替りし何度トイレに行ったことか…笑)
私の情熱と使命感はStefanにしっかりと届き、心を打ち、最後には満面の笑みで肩を組んで記念写真を撮影するほど親密な関係を築くことができました。

StefanとChanthol、そしてKamkav Farmで働く農家のみんなは、今ではchoco ricoに欠かせない大切な大切なパートナーです。

Stefanとの5時間に及ぶ交渉の席で私は、苗から栽培する場合、カカオ豆の収穫までおよそ3年ほど時間がかかるということを知りました。
私はその3年を使い、カンボジアでカカオを栽培しながら、現地法人の設立と自社農園開設や設備建設など事業を興す準備を進めると同時に、日本で店舗・工房を立ち上げ、自分たちの手でBean to Barチョコレートを作り販売できるようになっておくべきだと考えました。
日本でスキルやノウハウを確立し、輸出入や販売や流通の実績を積んでおけば、カンボジアでカカオ事業を展開するうえで大きなアドバンテージになるうえに、日本でBean to Barチョコレートを作る際に使用するカカオ豆をKamkav Farmから直接輸入し仕入れることができれば、快く苗の提供に協力してくれたStefanやChantholを始めとするKamkav Farmのみんなも一緒に幸せになれる、そう考えたのです。
この提案にStefanはもちろん大賛成で、栽培用の苗の確保と栽培しているカカオ豆の状態を確認するため、その場でKamkav Farmを訪問する日程を2019年9月と決めたのです。

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2019年9月、プノンペンから車で8時間半かけて道なき道を進み、ようやくモンドルキリ州にあるKamkav Farmに到着しました。
約30ha(当時)のカカオ農園には、赤や黄色や緑や茶色やオレンジや紫のカカオポッドがたわわに実った立派なカカオの樹が生い茂っていました。
また、カカオの樹以外にも直射日光を避けるためのシェードツリー(バナナやマンゴーやパッションフルーツやドリアン)が生い茂り、まるで手つかずの森林のような素晴らしい環境が広がるとても美しい農園を目の当たりにしたのです。

自分の手でカカオポッドを収穫し、ポッドを割ってでてきたキラキラと輝く真っ白なカカオパルプ(カカオ豆を覆う白い果実の部分)の美しさと可愛らしさ、そしてその場で初めて食べたカカオパルプのライチのようなさっぱりとした瑞々しい甘さ…。私はあの感動を一生忘れることはないでしょう。
※カカオ豆は通常カカオパルプが付いたままの状態で発酵させるので、生のカカオパルプは農園まで行かないと滅多に口にできません。

それ以上に嬉しかったのは、6月に日本にサンプルとして持ち帰ったカカオ豆を使用し知り合いのショコラティエさんに作っていただいたBean to BarチョコレートをKamkav Farmで働く農家のみんなに試食してもらうことができたことです。
Bean to Barどころかチョコレート自体を食べたことのない彼らは、最初こそ恐る恐るといった感じでしたが、一口食べてその表情は一変!最高の笑顔を見せてくれました。
自分たちが一生懸命育て収穫したカカオ豆がこんなに美味しいチョコレートになるんだということを、彼らにどうしても実体験として感じ、知ってほしかったので、彼らが満面の笑みで「美味しい!」と言って食べてくれたことは、私にとって最高に価値のある体験でした。今でも彼らの笑顔は目に焼き付いています。

Kamkav Farmでは、栽培中のカカオの樹やカカオ豆の状態の確認に加え、カカオの苗を育てるための「Nursery」と呼ばれるビニールハウスや、カカオ豆を発酵するための三層構造になった発酵小屋、カカオ豆を天日で乾燥させるためのドライハウスなど、様々な施設を見学し、知見を深めました。
農家のみんなとの人間どうしの交流も含め、モンドルキリではとても貴重で有意義な時間を過ごすことができました。

Stefanからは20鉢のカカオの苗を無償で提供してもらい、同行してくれた江角さんたちのピックアップトラックの荷台に積み込んで、モンドルキリを後にしました。
本音を言うと、お金を払ってでも最低100鉢は苗を入手したいと考えていたのですが、結局最後まで購入させてもらえず、20鉢分のお金も受け取ってもらえませんでした。
ただ、ミッション達成への私の情熱と使命感に共感し、貴重で大切な苗を無償で提供してくれたStefanとChantholの優しさと心意気に素直に感謝し、まずはこの20鉢の苗からカカオ栽培にチャレンジしてみることになりました。

モンドルキリからプノンペンまで再び8時間半かけて道なき道を戻り、翌朝江角さんたち一行はプノンペンから6時間ちょっとかけてバッタンバンまで戻られました。
バッタンバン中心部からさらに1時間半ほどかけてサムロートに辿り着くころには、20鉢の苗のうち5鉢の苗が、長旅の疲れから枯れてしまっていました…。
北緯南緯20度以内の温かいエリアでのみ栽培が可能なカカオですが、実は直射日光にとても弱く、一定時間直射日光を浴びるとあっさり枯れてしまうのです。
カカオは、温暖な気候でしか育たないのに直射日光に弱く、豊富な水とある程度の寒暖差、そして充分な湿度が必要な、とても繊細な植物なのです。
運搬したピックアップトラックの荷台にはもちろん布を被せるなどの対策は講じていたのですが、長時間の移動に耐え切れず一部の苗が使い物にならなくなってしまったことはとても悔しくて残念でしたが、今後カカオ事業を展開していくうえで必ず起こる運搬(物流)の課題に対し、多くの気付きやデータを与えてくれる非常に貴重な体験となりました。

サムロートに持ち帰った15鉢の苗は、江角さんたちの力を借りてまずはサムロートの気候と土壌にじっくりと慣らしながら、倍近くの大きさまで成長させることになりました。
その後およそ3ヶ月でさらに3鉢の苗が上手く成長せずダメになってしまいましたが、12鉢の苗がたくましく生き残り、2019年12月12日、いよいよFirst Seedling(最初の苗)を植える日を迎えたのです。
これまでたったの一度も農薬や化学肥料を含んだことのない本当に本当にまっさらでピュアな大地に、手つかずの森林のように純粋で優しく温かい大自然の大地に、現地のみんなと力を合わせ、土にまみれて一緒に植えたまだ小さな1本のカカオの苗木。大袈裟じゃなく、涙が溢れて止まりませんでした。
この1本の苗木はほんとに小さな1本ですが、choco ricoの理念の実現とミッションの達成に向けた大きな大きな一歩です。ようやくその一歩を踏み出すことができ、感無量でした。

2021年3月末の時点で11本の苗が元気に育ってくれており、既に小さな実まで付けてくれています。ちなみに育っている苗が1本少ない理由は、村人が森に生えている普通の木と間違えて伐採してしまったからだそうです…(泣)。
このまま順調に育ってくれれば、2022年の年末には最初のカカオ豆を収穫できるかもしれません。
もちろん完全オーガニックで栽培していますし自然が相手のことなのでそう簡単にはいかないかもしれませんが、とにかく今は、その日が楽しみで仕方がありません。

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ここでチョコレートづくりに不可欠な「砂糖」についても少し触れておきたいと思います。
choco ricoのBean to Barチョコレートにはカンボジア産の天然パームシュガーのみを使用しています。一般的な上白糖は一切使用していません。
パームシュガーはカンボジアやタイなど東南アジアの国々ではずっと以前から料理などによく使われる無添加の天然甘味料で、ナツメヤシやサトウヤシの花序から蜜を採取し大きな鍋で煮詰めて固形にしたものです。
choco ricoではチョコレートに使用するため、固形のパームシュガーをさらに細かく粉砕して粉末状にしてもらっています。
少し黄色っぽい茶色をした完全無添加の含蜜糖(精製せず糖蜜や栄養成分がそのまま残った砂糖)で、日本でいう黒糖をもっとさっぱりまろやかにした感じの味がします。
※よくココナッツシュガーと勘違いされる方がいらっしゃいますが、ココナッツシュガーはココヤシから採取されるものなのでまったくの別物です。

初めてプノンペンのマーケットに行ったときにパームシュガーと出会いお土産として購入したのですが、その美味しさに一瞬で虜になってしまいました。
その後パームシュガーについて興味本位で調べてみると、GI値(※)が35しかない超低GI食品(ちなみに一般的な上白糖のGI値は110)であったり、16種類もの必須アミノ酸やグラニュー糖の約861倍にも及ぶミネラル成分、ポリフェノールやイヌリン(食物繊維)を豊富に含むとても身体に良い砂糖であることが分かったのです。
※GI値:血糖値の上昇を示す指標で数値が高いほど血管の病や糖尿病、肥満に悪影響を及ぼすと言われています。

カンボジアでカカオ豆を栽培し日本でBean to Barチョコレートを作ることを決意したとき、「絶対にパームシュガーを使いたい!」と直感的に思いました。

しかし、15~30mの高さのヤシの木に登り花序から採取する蜜で作られるパームシュガーは、一部で「奇跡の砂糖」と呼ばれるほど貴重で入手困難なものでした。
リスクが高いわりに採取できる蜜の量が少なく年々採取する人が減っているうえ、雨季の半年間は木に登れず、1年の半分しか採取する期間がないことがその理由でした。
お土産で買っていく程度ならどこのマーケットでも手に入りますが、事業としてのチョコレート作りに使用するとなると相当な量が必要となります。
また、いつどこで誰がどのように採取した蜜を使用し、いつどこで誰がどのように製造したのか、それがはっきりと分からないようなパームシュガーでは自信を持って「天然」「無添加」とは言えない、という思いもあり、こだわりのパームシュガー探しにも奔走することになったのです。

結論としてはここでもStefanとChantholに助けられることになります。
詳細は省きますが、彼らが人脈を駆使して見つけ出してくれたBunnatというカンボジア人の若い男性が私たちの理念とミッションに共感してくれて、パームシュガーの製造と品質・数量の確保、日本への輸出に至るまで、全面的に協力してくれることになったのです。
そして私たちは、Bunnatの出身地であるカンボジア コンポンチャム州のとある村と提携し、その村の村人たちが採取した蜜で作る無添加の天然パームシュガーを永続的かつ優先的に仕入れられることになったのです。
Bunnatが責任を持って製造工程と品質の管理を担ってくれているのですが、「choco ricoのミッション達成のために役に立てるのが俺は嬉しいんだ」と笑顔で言ってくれたBunnatには、本当に感謝の気持ちでいっぱいですし、Bunnatと村のみんなのためにも、絶対にミッションを達成するんだという気持ちを新たにしました。

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様々な課題をなんとか乗り越え少しずつ前進できているとはいえ、choco ricoの理念の実現とミッションの達成のためにやらなければならないことは、まだまだ山積しています。
Covid-19の影響でかなりのスローダウンを余儀なくされながらも、2020年7月7日に合同会社チョコリコを設立し、8月1日に名古屋市西区赤城町に店舗兼工房の物件を契約、12月12日(奇しくも最初のカカオの苗を植えてからちょうど1年後)にはKamkav Farmのカカオ豆とパームシュガーがカンボジアから名古屋港に無事到着しました。
ちなみにカンボジア産のカカオ豆を日本に輸入したのは私たちが初めてで、現時点でカンボジア産のカカオ豆を保有しているのはカンボジア国内を除き世界中で私たちだけです。
またカンボジア産の天然パームシュガーに関しても、名古屋税関と名古屋検疫所の管轄では初めての輸入とのことでした。
「前例がない」というのはとても高いハードルで、カカオ豆とパームシュガーをカンボジアの農園から日本に直接輸入するのは本当に本当に大変でした。ホント苦労したなぁ。

工房完成後はとにかく納得のいくBean to Barチョコレートを完成させるためにひたすら試作品づくりに明け暮れる毎日を過ごしました。元は素人。努力するしかありません。
寝ても覚めてもチョコレートのことを考え、昼夜を問わずチョコレートと本気で向き合い、トライ&エラーの連続で時に心が折れかけながら、チョコレート作りに没頭しました。
何度も何度も、いくつもの壁にぶつかりながら、そのたびにchoco ricoのチョコレートを食べてくれる人の笑顔を想像し、理念の実現とミッションの達成を夢見て踏ん張り、ようやくどなたにでも自信を持ってお勧めできる納得のいくBean to Barチョコレートを作り上げることができました。
そして2021年6月、ようやく「choco rico –Bean to Bar Chocolate Lab.-」をオープンすることができました。

本当に多くの方々のお力をお借りし、私たちはカンボジアと日本で大きな一歩を踏み出すことができました。しかしまだ何かを成し遂げたわけでは決してありません。
これから、まずは日本でBean to Barチョコレートづくりのスキルを高め知識を深め、輸出入・販売・流通等のノウハウを完璧に身につけてカカオ事業のスキームを確立する。
そしてカンボジアで現地法人を設立して事業を興し、地雷被害者や貧困に苦しむ人を直接雇用して社会的・経済的に自立してもらい、その家庭の子どもたちを就学させる。
choco ricoの理念の実現とミッションの達成には、ざっと考えただけでもまだまだ相当なハードルを越えなければなりませんし、それなりの時間も要することでしょう。
立ち止まっている暇なんてありません。とにかく行動あるのみ、走り続けるしかないのです。やると決めた以上、情熱と使命感を持ち、やり遂げるまで諦めません。

いま想い描いているすべてがカタチになり、今まで学校に行きたくても行けなかったカンボジアの子どもたちが、キレイな洋服を着て初めて学校に登校する、その朝。
子どもたちが満面の笑みを浮かべながら歩く姿を、すぐそばでそっと見守る私たち…。そんな素敵な未来を想像すると、ワクワクとドキドキが止まりません。

チョコレートでみんなを笑顔に。カカオで世界を幸せに。
choco ricoの理念の実現とミッションの達成に向けた挑戦を、1人でも多くの方に見守っていただけたら嬉しいです。

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